1清朝中頃より、基隆は極めて急速な発展を遂げるようになりましたが、それは主としてその鉱産物と密接な関係がありました。
基隆河は、流域に砂金を産出するだけでなく、豊富な良質の炭鉱を温存していたのです。
1875年、清朝廷はそれまで用いてきた「?籠」の名称を「基隆」と改めました。という「基地昌隆(繁栄の基地となる)」という吉祥寓意を取ったものです。