1945年台湾光復後、基隆港は基隆市政府と港務局の協力の下、積極的に再建作業が展開されました。台湾北部は人口が多く、産業が発達したことから、経済の要所に位置する基隆港の運営業績は日増しに向上し、港の施設も日々完全なものとなっていきました。1984年になると、すでに世界第七位の貨物港に成長していました。