1895年、日本人が台湾を占領した一年目、基隆港では積極的に五期におよぶ築港工事が計画され進められました。この後、基隆市の経済貿易における地位は日増しに重要となっていきました。
1916年、基隆港の貿易額はすでに淡水を超え、さらに一度は高雄港までもを超えて、台湾で最も主要な商業港となりました。
1924年より1931年にかけて、基隆は「市」に昇格し、当時の台湾における第四の大都市となりました。
1941年、太平洋戦争が勃発し、基隆はその主要な物資上げ下ろし港および海軍基地としての地位から、対戦末期において攻撃の矢面に立ち、米軍爆撃の主要標的となり、港はほぼ廃墟と化しました。
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