基隆は旧名を?籠と言います。 明朝末年、日本の豊臣秀吉が基隆には硫黄が豊富にあると聞き、兵を出して台湾を併呑しようとしましたが、途中台風に遭って引き返しました。これが基隆の一連の戦禍が立て続けに起こる序幕となったのです。